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まんがのソムリエ

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プロフィール:中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。2009年、「まんがのしくみ」連載を電子書籍化した『まんが王国の興亡 ―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』をリリースしたのちに、『マンガ進化論』と改題して書籍出版。

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レビュー 2009/10/01
第45回 「逆転の発想」から世界観を構築したSF伝奇ロマンの傑作
手天童子
『手天童子』
永井 豪 各420円(税込)



ギャグとSFに共通するものは何か? 全く相反する2つのジャンルの間に、共通項を探すのは難しそうだが、答えは「逆転の発想」である。世の中の常識を反対にすることによってあるときには笑いが生まれ、あるときにはセンス・オブ・ワンダーが生まれる。そして、笑いはギャグに繋がり、センス・オブ・ワンダーはSFにつながる。

永井豪のまんがには常にこの「逆転の発想」がある。「まじめなはずの先生がハレンチで変態だったら」という発想からできたのが出世作の『ハレンチ学園』だし、「顔さえ隠せばあとはスッポンポンでもOKな女の子ヒーロー」という発想からは『けっこう仮面』が生まれた。大ヒットした『デビルマン』は「ヒーローが悪魔だったら」という逆転の発想から誕生した。永井豪はギャグまんがでも、シリアスなSFまんがでも数々の名作を描いてきたが、その根っこの部分は同じ「逆転の発想」なのである。

じゃあ「逆転の発想」さえあれば誰にでも面白いまんがが描けるのか、と言えばそんなことはない。逆転した発想をもとに読者に納得させるだけの世界観を構築しなければならないのだ。「そんなの嘘だぁ」「ありえない」と思われたらそれでおしまいなのだから。

「逆転の発想」から世界観を構築してできあがったSF伝奇ロマンまんがのお手本のような作品が『手天童子』ではないだろうか。


結婚の報告をするために墓参りに来た柴夫妻の目の前に、突然赤ん坊を抱いた怪物が現れ、襲いかかってくる鬼のようなものたちを倒す。怪物は「戦鬼」と名乗り、夫妻に「15年たったら迎えに来る」と赤ん坊を託した。赤ん坊は「子郎(ジロー)」と名づけられ、柴夫妻の子どもとして成長する。やがて15年の歳月が流れ、高校生になった子郎のまわりで、不思議な事件が起こり始めるが、子郎が危険な目に遭いそうになると、謎のエネルギー体が彼を守ってくれるのだ。

やがて、かつて子郎を襲った鬼たちが再び迫ってくる。暗黒邪神教を名乗る彼らは、信奉する大暗黒死夜邪来(だいあんこくしやじゃらい)を脅かす存在・手天童子を滅すべく、子郎に襲いかかる。

物語のベースになるのは、平安時代の京の都を舞台とした「大江山酒呑童子(おおえやましゅてんどうじ)伝説」と七世紀初頭に修験道を開き「役行者(えんのぎょうじゃ)」として知られる役小角(えんのおずぬ)の縁起である。縁起に依れば小角は空を飛び海をゆく超能力者だった、ということになる。赤ん坊の小郎を守った「戦鬼」、彼を守るエネルギー体の正体「護鬼」は、小角が率いた二匹の鬼「前鬼」「後鬼」に通じている。

物語は、現世とは別次元にあり、誰もその存在理由を知らない鬼の世界「鬼獄界(おんごくかい)」が「逆転の発想」によって補完され、世界観構築を助けているわけだが、残念ながらその中身まで書いてしまうわけにはいかない。ネタバレになってしまうからだ。ここで書けるのは、最後まで読めばすべての謎が解けて、パズルがはまるように大きな世界ができあがる、ということだけだ。

人間界のルールをはずれることで人間以上の存在になるため殺人を犯そうとする「結盟団(けつめいだん)」を名乗る不良グループのように、現代の世相を予告したような敵が現れたかと思えば、世に悪と滅びをもたらそうとする「暗黒邪神教」とのハード・バイオレンスな闘いが続いたり、エンタテインメントとしてのおもしろさもたっぷり。その中で、ラストの謎解きに繋がる伏線がつぎつぎに張られているのは、「お見事」と言うしかない。


このまんがを『週刊少年マガジン』の連載(1976~1978)で読んでいた頃は、バイオレンス・アクションのテンポの良さと、次々に出てくる謎によって、早く次号が読みたくてたまらなかったのを覚えている。なにしろ、闘いの巻き添えになって、一度に1万人もの人が死んでしまう、というとてつもないバイオレンスシーンまであるのだ。これは、まんがにしかできない技ではないか、と思う。

やがて、現代の日本を舞台にした子郎と「暗黒邪教」との闘いは、時空を超えて2100年の宇宙と、平安時代へと広がっていく。文学のSFの中にも、これほどのスケールを持った伝奇ロマンはそんなにない。未来と過去はそれぞれ子郎と「暗黒邪教」の闘いが終わったあとの現代、そして、子郎出生の秘密と繋がっていく。ここにいよいよ「逆転の発想」が生きてくるのだ。

以前、インタビューをしたとき、永井豪は「幼いときから鬼の夢を何度も見ていた。それを絵にしようとすると、鬼が描かせまいとするのか、体がボロボロになる」と語っている。『手天童子』のときには、鬼を呼んでしまったのか、永井の周囲におかしな事件が増えたそうだ。そうした永井豪自身の中の鬼との葛藤が、この作品をここまで仕上げる原動力になったのかも知れない。



手天童子
『手天童子』
永井 豪 各420円(税込)

二十二世紀から平安時代にタイムスリップした子郎は、美雪の救出に成功した。そして全ての謎を解くため、平安時代を離れ、鬼獄界へ最後の戦いに向かう。異形の星・鬼獄界を作った大暗黒死夜邪来とは何者なのか。そして子郎の母との関係は? 全てが明かされる衝撃の最終巻! SF超大作、堂々完結!!
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