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まんがのソムリエ

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プロフィール:中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。2009年、「まんがのしくみ」連載を電子書籍化した『まんが王国の興亡 ―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』をリリースしたのちに、『マンガ進化論』と改題して書籍出版。

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レビュー 2010/09/03
第54回 まんが家でなくなったまんが家の再起を描く「まんが家まんが」 『遺跡の人』
遺跡の人
『遺跡の人』
わたべ淳 550円(税込)



 先日、久しぶりに大学の同期4人で飲んだ。4人とも55歳。我々が社会人になった頃はまだ55歳定年制だったので、どうしても「昔ならもう定年だね」という話になる。A君は数年前に子会社に出向になり、今年の春にはそっちに転籍ということになるらしい。B君は執行役員となり、しばらくの間は取締役として会社に残れそうだ、という。C君は退職後の生きがいを見つけるためにオフは学生時代から趣味だった音楽活動に熱心で、所謂「おやじバンド」を結成している。で、3人が口をそろえて言うのである。「お前はええなあ。定年がないから」……。

 これはとんでもない勘違いである。自由業者にとっては、一寸先は闇。明日が定年かも知れないのである。仕事がなくなればそれでおしまいだ。サラリーマンの定年が60歳なのか65歳なのかは知らないが、それまで待ってくれないのである。しかも、老後という楽しみもない。生きていくためには、死ぬまで働き続けなければいけないのである。

 そこで思い出したのが、わたべ淳の『遺跡の人』というまんがだ。双葉社の『漫画大衆』という少しマイナーな青年誌に連載された後、2007年に単行本化されている。

 主人公はまんが家である。そこそこ仕事もあり、妻もいて、売れっ子まんが家ほどではないが安定した暮らしを送っていた。ところがある日突然、全ての仕事がなくなってしまうのだ。掲載誌が休刊になり、別の雑誌では企画を出していた担当者が異動に……。「そんなバカな」と思うかもしれないが、これは作者であるわたべ淳の身に実際に降りかかった災難なのである。いや、フリーの人間にはいつ降りかかるかもわからない災難なのだ。私だって例外ではない。そして、仕事がなくなれば、たちまち原稿料が入らなくなってメシが食えなくなる。自由業には失業保険というセーフティネットすらないのだ。

 原稿料が入らなくなってしまった主人公が、生活費を稼ぐために選んだのは、遺跡発掘アルバイト作業員の仕事だった。偶然求人広告が目に入ったのだ。古代から江戸・明治期くらいまでの街や集落、建物などがあったと推定される場所にビルなどの大規模工事をする場合、事前に遺跡を掘り出し学術調査をしてから穴を埋め戻す。その作業をするのが遺跡発掘アルバイト作業員である。

 肉体労働なのに時給は900円。遺跡発掘と言えばなんとなく古代史のロマンを感じるが、仕事のつらさはロマンとはほど遠い。発掘現場はおどろくほど広大で、日陰もない。掘っても掘っても作業は終わらず、特に夏の野外での作業は想像を絶するほど過酷だ。油断すれば熱射病や脱水症にやられてしまう。

 アルバイト作業員の仲間たちは、それぞれに過去を抱え、人には言えない事情があってこの仕事についている。若者もいれば老人もいる。男ばかりではない。女性もいる。彼女も実は過去にまんが家だったことがわかる。主人公は、一日でも早くこの境遇から抜け出して、机の前に戻ってまんがを描きたいと願っているが、道は遠い。不安が頭の中を支配したり、ふとこの仕事にいきがいを感じている自分を見つけたりもする。


 まんがは、わたべ自身の体験や出会った人々をモデルに構成されていて、まんが家ではなくなったまんが家が再びまんが家に戻るまでの8ヶ月間が、リアルに描かれている。こういう過酷な状況でも、頭の片隅ではまんがのための取材を無意識にしていたというまんが家の業にはちょっと驚くが、妻との不仲が進んでいったり、仲間の死に接したりという試練を経験し、そこから一皮むけていく主人公の姿には好感が持てる。

 わたべ淳は、もともとH系が得意なまんが家だ。87年から90年にかけては、「ヤングジャンプ」に連載した『レモンエンジェル』が大ヒット。90年にはアニメ化もされている。現在も「ケータイ★まんが王国」に続編の『レモンエンジェルⅡ』が連載中だ。Hでかわいい女の子がウケているのだ。しかし、『遺跡の人』はHシーンゼロのシリアスな内容で読ませる作品に仕上がっている。ストーリーづくりのうまさは、師匠である手塚治虫の影響かもしれない。

 まんが家を主人公にしたまんがを「まんが家まんが」と呼ぶ。藤子不二雄Aの『まんが道』あたりから始まったものだろうが、最近は、同じく藤子の『愛しりそめし頃』や、やまだないとの『ビアティチュード』、大場つぐみ&小畑健の『バクマン。』などヒット作が増えている。「まんが家まんがに駄作なし」と言い切る評論家もいる。

『遺跡の人』も異色作ではあるが「まんが家まんが」だ。そして、おもしろい。この原稿のために読み直して、「まんが家まんがには駄作がなし」というのはその通りだと思った。


遺跡の人
『遺跡の人』
わたべ淳 550円(税込)

「本当」だから胸を打つ! 元売れっ子漫画家の哀愁バイト生活――。さまざまなことが重なり仕事を失った漫画家は、家にもいづらくなり、遺跡発掘のバイトを始める。ハードな肉体労働に、漫画のことなど考えられず、それでもなんだか、発掘の仕事が楽しくもあり、このままのほうが楽なような、いやいや、オレは漫画家だ……な迷走の日々を描く。掘り出したのは埋めておきたかった「自分」? これは読むブルースだ!
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