毎日更新!!漫画大目録

世界最大の電子書籍大目録

電子書籍販売点数39910点

イズミ少年の漫画日記

イズミ少年の漫画日記
最近のコラム一覧 アクセス数ベスト10
第25回 2009/10/27
ムラマサと70年代風俗
前へ
プロフィール:泉麻人
1956年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、週刊TVガイド編集部勤務を経て、フリーのコラムニストに。東京をテーマにした著書が多い。漫画関係の著書では赤塚不二夫作品の魅力にふれた『シェーの時代―「おそ松くん」と昭和こども社会』(文春新書)がある。2005年、気象予報士の資格を取得。

連載目次へ
 
2010/08/20
第31回 『若者たち』(永島慎二)その2 新宿が熱かった頃


若者たち
©永島慎二

 『若者たち』には、ほろ苦い失恋の話がいくつかある。まずは、「冬の恋」と題された回で、詩人の井上という男が、行きつけの喫茶ぽえむのウエートレスにのぼせあがる。古臭いメガネをかけたカタブツの井上は、いまでいうところのいわゆる“空気が読めない”男。彼女を前にして、トロッキズムやレーニン、マルクスがどうのこうの……と論をぶっているあたりがいかにもこの時代(68年頃)を感じさせる。

 この彼女、仲間の一人が「松岡きっこにちょっとにてる」と風貌を表しているけれど、松岡も当時「11PM」のアシスタントなどを皮切りにブレイクしはじめた“バラドル”系のタレントだった。そしてもう一つ、井上が彼女とのデートの行程を語る場面が時代風俗史的に興味深い。

 「映画みて コーヒーのんで サッポロラーメン食って あのミソラーメンってうまいね」

 いまやどうってことない話だが、サッポロラーメンは、この頃ようやく全国的に認知されたローカルフードで、まだ東京ではミソ味のラーメンってのがトレンドだったのだ。井上は、そんなミソラーメンの出来あがりを待っているときに、いきなり「結婚しよう」とコクってあっさりフラレてしまう。


女性を前にしてもお固いことしか言えない井上
(『若者たち』より)©永島慎二

 「初夏と汗」の回では、作家志望のつぐおが魚屋の娘、続いて「マコ」という少々イカレた娘に熱を上げる。自作の短編がテレビ化された暁には「カルメンマキかあの子(魚屋の娘)に主役をやらしたいな」と、仲間に夢を語るシーンがあるけれど、これが描かれたと思しき69年の初頭は、カルメン・マキの「時には母のない子のように」が大ヒットしていた時期だった。腰まで届きそうな長い髪とアンニュイな雰囲気で、一世を風靡した女性シンガーソングライターだった。

 そして、主人公・村岡栄の切ない恋の顛末が描かれる「ある恋の物語」。先の井上もデートで新宿へ出掛けているが、村岡も新宿のジャズ喫茶をデートの場所に使っている。阿佐ヶ谷あたりの若者が、ちょっとめかしこんで女性と会うとき、この時代は新宿へ出るのが定番だったのだ。吉祥寺が脚光を浴びるのは、もう、四、五年後のことになる。

 冒頭に出てくるジャズ喫茶の壁には<お話は あなたのまわりの方の耳ざわりになる事が多いようです お静かに!>と断り書きが張り出されている。2000年に新宿歴史博物館が刊行した「琥珀色の記憶~新宿の喫茶店」という冊子が手元にあるのだが、これによると、当時のジャズ喫茶のなかには会話を禁止していた所も少なくなかったようだ。

 「昭和36年(1961)11月、二幸(現スタジオ・アルタ)裏に開店したDIGは、ジャズ写真家としても有名な中平穂積氏が経営する店で、会話が禁止された店内では、適度な音量でレコードが流され、まじめにジャズを勉強するのに最も適したジャズ喫茶といわれた」

 歴史博物館の冊子には、このDIGをはじめ、DUG、ヴィレッジ・ゲイト、ポニー、タロー、木馬……などのジャズ喫茶、風月堂や青蛾など、三越裏に密集していた名喫茶の数々が紹介されているが、僕はその辺の店に残念ながらちょっと乗りおくれた世代になる。

 話の終盤、村岡は冒頭の店とはまた少し雰囲気が違う「トロ」という喫茶店で、彼女と哀しい別れをかわす。ここも音楽喫茶風の店で、初老の客が「むかしこの店にあったと思うのだが トリオ・ロス・パラガヨスの『ある恋の物語』があったら たのみます」とリクエストして、これが表題となっている。


主人公・村岡栄が女性と訪れたジャズ喫茶の風景
(『若者たち』より)©永島慎二

 漫画には出てこないが、西口地下広場では反戦フォーク集会が催され、靖国通りに入りこんでいた都電はいよいよ撤去され、副都心ではそろそろ高層ビルの建設が始まる……、そんな変わり目の時代の、熱い新宿の景色が想像されてくる。


若者たち
『若者たち』
永島慎二 315円(税込)

青年漫画家、村岡栄のアパートでの5人の若者たちの奇妙な同居生活をペーソスたっぷりで描く。文学、絵画、音楽、それぞれの芸術を追い求めながら現実の厳しさに立ち向かう。70年代の青春群像を瑞々しく描いた傑作青春漫画。
コラム関連目録 若者たち

ページのトップへ

前へ
連載目次へ

このサイトは、インターネットエクスプローラー(Microsoft Internet Explorer) Ver.5.5 SP2以上でご覧ください。

ebookjapan