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| インタビュー 2009/10/23 |
| 永井豪記念館オープン!永井豪が振り返る漫画家業40年 |
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日本が誇るスーパークリエーター・永井豪。 巨星・手塚治虫が切り開いた日本マンガの枠を大きく押し広げ、様々なジャンルに渡ってエポックメイキングな作品を多数世に送り出し、マンガだけにとどまらずアニメ、ドラマ、そして映画にまで大きな成果を打ち立ててきた漫画界のレジェンドです。
そんな永井豪先生は2007年にデビュー40周年を迎え、2009年4月25日には、生誕地である石川県輪島市に永井豪記念館をオープン。 記念館では、原画やキャラクター・フィギアの展示に加え、若い読者がSF漫画史に残る作品を読み継いでいけるよう、作品の電子書籍アーカイブも設置されています。
そこで今回は、永井先生ご自身が刻んできた40年の足跡と今後のさらなるチャレンジについていただいたコメントを掲載します。
| プロフィール 永井豪 1945年石川県生まれ。石ノ森章太郎のアシスタントから漫画の世界に入り、1967年、『目明かしポリ吉』(ぼくら11月号/講談社)でデビュー。『ハレンチ学園』『デビルマン』『キューティーハニー』『マジンガーZ』など多様なジャンルで大ヒット作品を多数生み出す。現在のマンガ・アニメの世界を大きく牽引した巨匠であるとともに、現在もなお現役で描き続ける作家。2007年、漫画家業40周年を迎えた。
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-永井先生、マンガ家業40周年おめでとうございます。大きな節目を迎えられて、現在のご心境はいかがですか?
まだまだ描きたいので、ただの途中経過というカンジ。これから本領発揮とはりきっています。(ワーイ!!)
-40年描き続けてこられて、今もなお現役でいられる秘訣は? そのパワーの源を教えてください。
ただ好きだから…人を楽しませたいし…描いていないと生きてる気がしない。作品の出来、不出来や売れるかどうか関係なく、描いていると楽しい。
-この40年で、永井先生の中で変化したものはありますか。また、変わらずにあることは何かありますか?
体力はさすがに落ちていると思うので、無理な仕事量はしなくなった。健康にも気をつけて深酒などしないし、体力作りのためにゴルフやヨガなどです。変わらないものはマンガへの情熱。
-マンガ家として過ごされたこの40年間で、嬉しかったエピソード、悲しかったエピソード、衝撃を受けたエピソードをひとつずつお聞かせください。
嬉しいのは次々と作品が映画やアニメになったこと。悲しいのは作品が途中で連載ストップされた時。ちばあきおさんや手塚先生、藤子F先生、石森先生の亡くなったこと…。そして仲間の死-菊地くん(団龍彦)や石川賢の亡くなったこと!
-ご自身の著作で最も印象深い、もしくは気に入っているものは何ですか? そしてそれは何故ですか?
「デビルマン」「バイオレンスジャック」「手天童子」。自分の心の中の深い部分から出てきた作品だからです。
-現在、永井先生の作品のリメイクであるマンガ、アニメ等がたくさんありますが、それらに対しての思いをお聞かせください。
終わった作品を見なおすと、また、それぞれのキャラクターを活躍させてみたくなる。どのキャラも、もっとおもしろくなるのでは、と思ってしまう。 -電子書籍化されたご自身の作品に対する思いと、今だから言えるコメントをお聞かせください。 「デビルマンレディー」はずーっと描いていたいキャラだったけど、ストーリー設定上、世界の終末に向かわざるをえなかった。「デビルマン」と重なり合うストーリーなので… 「ゴッドマジンガー」は短期で描き下ろしの単行本だったので一気に描きあげたが、じっくり長期連載で描ければ、もっと凄い作品になっていたと思う。とても残念。 「アイアンマッスル」はTVアニメの企画として作った作品。スポンサーが決まらず番組にはならなかったので、途中でやめた。今でもアニメ向きと思ってる。 「凄ノ王完全版」は本当の完結に至っていない。続きを描けたら嬉しい。 「まぼろしパンティー」ももう一度、今度は下のパンティー無しで活躍させたい。(頭かくして尻かくさず)
-ご自身の作品が電子書籍としてアーカイブされることについて、ご感想をいただけますか?
自分の子供時代になかったので、新鮮に感じている。本とはちがったインパクトがある。
-最後に、永井豪ファンのネットユーザーに、一言お願いします。
40年も、変化にとんだいろんな作品を描いてきました。次々とダウンロードしてください。きっと皆様の長い楽しみになると思います。楽しんでね!
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