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インタビュー 2009/07/18
日本初のマンガ大学院ができるまで
京都国際マンガミュージアム国際マンガ研究センター長 牧野圭一さん(1)


京都国際マンガミュージアム  京都国際マンガミュージアム


今月、日本初のマンガ学部設立で知られる京都精華大学が、2010年春からマンガ研究の大学院を開設し修士課程をスタートすることを発表しました。
深刻な不況が続く輸出立国日本の救世主的存在としてマンガやアニメが脚光を浴びるようになり、産官学一体のコンテンツ産業振興が叫ばれる中、ついにマンガ専門の大学院まで登場したということで話題になっています。

京都精華大学は、2000年にいち早くマンガ学科を開設した日本のマンガ教育のフロンティアともいえる先駆的存在。
2006年4月の日本初のマンガ学部開設後、大学院大学院開設までの間、マンガのあらゆる表現スタイルをカバーし、漫画家、編集者、プロデューサー、研究者の育成も視野に入れたマンガに関する総合教育の充実を図ってきました。

今回は、京都精華大マンガ学部前学部長であり、京都国際マンガミュージアム研究センター長をつとめる牧野圭一さんが登場。
日本初のマンガ学部の創設経緯とマンガ教育と研究の将来構想と課題についてじっくりお話を伺いました。

牧野圭一 プロフィール
 牧野 圭一

京都国際マンガミュージアム国際マンガ研究センター長。
前京都精華大学マンガ学部学部長。
1976年より15年間読売新聞に政治漫画連載。第13回文藝春秋漫画賞(67年)。日本漫画家協会優秀賞(73年)。トルコ・シマビ国際漫画展「雑誌セブル」賞(79年)など。86ブルガリア・ガブロボ風刺とユーモア国際ビエンナーレ展招待作家。現在、京都精華大学名誉教授、京都国際マンガミュージアム研究センター長。



●日本の漫画文化史はのらくろ世代とマンガ世代の抗争史

――大学にマンガ学部というものがなぜ必要なのでしょうか?日本初の漫画学部が設立された経緯をお聞かせください。

実は40年以上前から、この大学ではマンガ表現というジャンルを扱っていました。デザイン学科風刺画コースという名前で。当時は、マンガは学問になじまないといわれていた時代で、マンガは美術・芸術ではないという扱いでした。
私はもともと新聞社で15年間ぐらい風刺漫画のマンガ家をやっていたのですが、「なぜマンガはこれほど自由で面白い表現なのか?」
ということをずっと自分に問いかけていました。
しかし、この問いに答えてくれる先輩マンガ家も、研究者もいなかったんですね。自分は好きだからやっているからそれ以上の理屈はいらないだろう、ということです。マンガの面白さの根源的問題を正面に据えて考える人がいなかったのです。

そんな流れの中、6年前の先代杉本修一理事長の時代に、マンガ表現を追求する人材を育てるようと。そのためにまずはマンガ学科を立ち上げ、コミック=ストーリーマンガを取り入れ、昨年、芸術学部からマンガ学部をに発展させ独立させたというのが設立までの経緯ですね。
また、大学経営の視点だけではなく、経済的にもマンガというビジネスが年々大きくなってきて、著作権についての考え方などを、きちんと整備しないとマンガ業界だけに止まらず、国家レベルでも大きな損失になってしまうという背景もありました。
シンポジウムで得た情報ですが、ゲーム業界においては、任天堂がアメリカでの訴訟費用として30億円を費やしているという話も聞いています。だからこそ大学として、学会としてマンガ文化の多面的な研究と、整備が必要だと考えるのです。

――芸術の分野では、マンガは芸術ではないという声が昔から一般的だったかと思うのですが、現在もその状況はあまり変わっていないのではないかと思われます。マンガを大学で学ぶ学問として学部化するにあたって外部の圧力のようなものはありましたか?

外側からより、内側の圧力が強かったのです。
芸術や美術の世界の中では、マンガは上層文化ではなく、文化になりきれなかった底辺の文化。洋画の肖像とマンガの似顔=カリカチュアはそもそも成り立ちが異なるもの。いままでの大学界の古典的文化のリーダー層はマンガ=のらくろ世代でした。

――のらくろですか……。太平洋戦争中のマンガですよね。

のらくろなんですね。旧来の美術の先生方からすると、そこにマンガという異物が入ってくるのはとんでもないこと。その問題はわれわれも認識していたのですが、こうしたマンガをめぐる解釈論・方法論の議論が進む前にマンガという社会的現象・学生の意識の方が先に進んでしまいました。
それに対して大学側の受け入れ態勢が間に合わなかったのです。いまだにマンガ学部という看板を掲げて授業を行っているのは京都精華大学だけです。
他の大学でもマンガ分野こそありますがそれは「マンガ学部」のような独立した存在ではなく、文学部であったり情報学部やメディア学部という他の名前の下に置かれているに過ぎません。それは大学という象牙の塔の中に、ある種の抵抗があったからです。


●マンガという、マンガ世代の新しい文字で卒論も描く

――出版界においても文芸が上流でマンガは下流という認識を持つ人がまだ多いですよね。

そうですね。メディアや一般社会においてもマンガの隆盛がもてはやされてはきましたが、本当の意味ではまだ受け入れられてはいなんじゃないかと。
言語でいえば、英語が話せない人に英会話は理解できませんよね。
マンガもそうした意味では英語と全く同じなのですが、マンガという文字は絵であるために、深く読み取ってはいないのに、分かったような気になってしまう。馬の絵は世界中の人々が「馬」と識別できる。しかし、「どんな馬」であるか?となれば、実に深い、多様な性格を背負っている。
それを100%理解するには、それなりの訓練が必要。10%の読解力でありながら、マンガを下層な文化と決め付け「文字」を上位に置くのです。

しかし、最近の社会のリーダーは、手塚治虫を読んだ育った世代に変わってきつつあります。京都国際マンガミュージアムの館長で、私と同じ昭和12年生まれの解剖学者養老孟司さん(「バカの壁」著者)も言っていますが、マンガは新しい文字。「ルビのある漢字」なんですね。私はマンガは饒舌な象形文字」と定義付けています。もう少し下の世代は、絵や映像からメッセージや意味を読み取る能力にもっと優れています。

――マガジン、サンデーなどマンガを読んで育ったマンガ世代といわれている団塊世代からですね。

そう。マンガという絵文字から20や30ではなく100の認識、120の情報を読み取れる世代がリーダー層として出てきました。マンガは新しい絵文字なんだという事実こそが、ここまでマンガが世界に通用する文化になった一番の理由です。そうでしかこの現象の説明ができない。

あらゆる出来事や事象がマンガという絵文字に翻訳されている。マンガになっていないものを探すほうが難しい。従来の「文字信仰」の人々は、マンガでは、「文章の行間を読み取る」ような深い知恵による鑑賞ができないと言います。しかし源氏物語で、文章から衣装や女人の風貌、化粧、表情などを、どこまで読み取り、イメージを共有することができるのだろうか。文章から読み取れるものと絵巻から読み取れるものとはまったく違う。一度も絵巻を見ずに、最初から文章だけでは、あの源氏物語の世界はイメージできません。紫式部の同世代の人たちでさえ、文字だけで、禁裏の内を想像するのは困難であったろうと。

「文字派」のひとたちはその事実を認めたがらない。いままで自分たちが築きあげてきたものが崩壊してしまいますから。
今、博士論文をマンガだけで審査してほしいと交渉中です(笑)。マンガ学部の修士・博士はマンガ作品で判断できるというのが私の持論です。
いまの、マンガで育った学生たちが教師になり、査読する立場になれば、マンガ作品だけでドクターになることは当然となるでしょう。
そうすれば、マンガについての制作能力、高度な読解力が正確に判断されるようになります。

●異なる分野の才能がマンガに集まる時代

――とはいえ、生徒もマンガ好き、先生もマンガ界出身、卒論もマンガとマンガだけですべてが完結してしまうのもただの新しい象牙の塔というか、ある意味従来どおりの閉鎖的な世界のような気がしますが。

そうですね。時代はもう次の段階に来ていると思います。京都精華大学で一番マンガを読んでない、アニメを観ていなかったのは私です(笑)。
以前、テレビで『時をかける少女』というアニメを観たのですが、アニメの黎明期から携わっている僕のような研究者からするとため息が出るような素晴らしい映画でした。みんなはどのぐらいこの素晴らしさを理解できるのかと。この素晴らしさの理由は、従来マンガに携わってこなかった人々が、こうした作品に携わり始めているからです。
洋画、日本画、デザインの壁を越えて、豊かな才能を持ったメンバーが、オーケストラを構成し、これも才能ある指揮者=監督によって、見事な世界を描き出す。いまや、マンガは漫画家だけのものでありません。マンガ学部でマンガだけを習った学生がうかうかしていると、他の分野で育った才能が斬新な発想でどんどん創作する。この流れにおいてきぼりを食らってしまいますね。
マンガはその成り立ちからも、性格からも《象牙の塔》に入りきれないものなのです。
実際、最先端のロボット工学の世界では『鉄腕アトム』に影響を受けたロボット研究者が、医学の世界では『ブラックジャック』の息子ともういうべき敏腕の医師たちが手塚治虫的な世界の影響を受けて新しい分野で活躍しています。つまり手塚治虫氏の弟子は、工学博士にも、医学博士にも沢山いるということです。
じゃぁ、マンガ学部の学生とは何なのかと言えば、やはりマンガが好きだからマンガというわかりやすい切り口から入ってきて、まずは好きなマンガからいろいろなものを学んでいく。「設計図」を描く特技を武器に、どの分野にも入って行ける存在と位置付けます。
今後は講師陣にも、映画やアニメのプロデューサーや遊園地の企画などをやってらっしゃるようないろんな業種の方にも講師として入ってきていただきたい。「マンガ」を設計図にしてできることはもっともっとたくさんあると思うのです。
第71回手塚賞を受賞した、助野嘉昭くんというマンガ学科の卒業生がいます。彼はマンガを使って、友禅(京都の伝統工芸である染色)を使ったアロハシャツなどの衣料を製造販売をしているパゴンという会社のプロモーションのお手伝いをしているんですよ。助野くんが、友禅で衣類(Tシャツやアロハ)が作られていく過程をマンガで説明した作品を描き、それをパゴンの公式HPで掲載したらHPのヒット数が5倍に上がったんです。彼の描いたパゴンマンガが、従来の文字による説明では表現できない友禅の魅力をマンガが持つ「強調と省略」という表現の力で伝えることができたということです。

――マンガの持つ力と他のジャンルとのコラボレーションの好例ですね。マンガを必要としたしごとは出版社だけではなく、実は世の中にたくさんあるということでしょうか?

えぇ、業種の数だけ、企業の数だけマンガを求める仕事があるということですね。
京都国際マンガミュージアムの館長でもある解剖学者の養老孟司さんも言っていますが、医学部の研究や病院で使われる解剖図もまさにマンガなんだと。マンガに限定して捉えてしまうと、広い意味での「マンガ的」なるものが日本中にあふれている現代社会の状況が見えてきません。
マンガのエネルギーは、日本だけではなく世界中に勝手にどんどん溢れてしまうものなのです。



 

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