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インタビュー 2009/05/18
夏目房之介が語る、21世紀マンガ世界戦略


マンガ世界戦略


●21世紀のマンガ世界戦略

――夏目さんが2001年に執筆した『マンガ 世界 戦略~カモネギ化するかマンガ産業~』の出版からかなり年月が経ちましたが、その後の各国マンガ事情の変化についてお聞かせください。

この本を書いた時点では、まだアメリカで今のようなマンガブームがまだ来ていなかったんですね。
たしかにポケモンはアニメ放映によってブレイクしていましたが、マンガがブレイクするかというと微妙な時期でしたね。当時、アメリカの市場がここまで浸透するという予想は立てていませんでした。
むしろ、東アジアからヨーロッパ経由の西回りでアメリカに乗り込んだ方がいいじゃないかと。そういう意味ではアメリカ市場の浸透は予想よりかなり早かったです。
もう浸透してしまったアメリカ以外の国の現状については、各国ごとに事情が違います。特にヨーロッパはラテンやアングロサクソンなど民族文化も入り乱れていて、ぐちゃぐちゃです(笑)。
ですからきちんと現地の事情や市場を調査・分析してフィードバックする研究システムが必要です。しかしなから、いまだにそのシステムは整備されていません。

――同一国家の中でも、宗教や言語やら国家の成立過程の問題で地方ごとにばらばらだったりしますよね。

そう。ただ、現時点で国際的なマンガ市場の中心マーケットはどこかと考えると、やはり先進地域の欧米になると思いますね。
東アジア先進地域でマンガ市場が成立しているのは韓国・台湾・香港ですが、いかんせんパイが小さい。要するに通貨の為替レートの問題が大きいのです。
レートの問題で国内の大手各出版社が東アジアで正規に輸出したコミックが現地でかなり売れていた時期でも、各社の海外版権部は赤字だったりしました。黒字に転換できたのは、ドイツで正規輸出版コミックが売れてからだと聞きます。欧州と東アジアでは歴然とした収益額の違いがあるようです。
そういえば先日、テレビでバリバリバリューという番組を観ていたらマンガ家の赤松健さん(代表作『ラブひな』)が「マンガの収入の3割は海外での売上なんだ」と語っていました。おそらく欧米市場での売上拡大の影響だろうと。世界の売上で一番大きい日本マンガ市場はフランスで、ドイツも大きい。そうしたことを考えると、現時点での世界的な日本マンガ市場の中心はやはり欧米なんでしょう。


●1975年以降生まれの読者が日本のマンガブームを招いた。

年代的にいうと80年代に、欧米をはじめとして世界的な多チャンネル時代を迎えました。そうした多チャネル時代において、日本製アニメは放映権料が安いという理由で各国の放送局で有力ソフトとなりました。そうした世界的な多チャンネル時代の黎明期に、各国のアニメチャンネルで日本製アニメを視ていた子供たちが90年代に10代になってマンガブームを招いたと思われます。
子供のときにアニメをみた子供からすると、マンガの国籍なんて関係ないんです。だから10代になってオリジナルの日本マンガが徐々に入ってきた時、それを自然と受け入れて読むようになったんです。
今、2000年代になってこうした世代のひとたちが30歳過ぎの大人になっています。こうしたひとたちが大学の博士課程のマンガ研究者になって日本に来たりするんですよね(笑)。
但し、ひとつの世代だけでこのマンガブームを説明すると無理があります。実は、その世代の下に子供のときにアニメでポケモンを観ていたポケモン世代が来ます。この2つの世代のサイクルでマーケットが動くと推測できます。日本で団塊世代と、その下の60年代生まれのおたく第一世代のサイクルを考えてマンガ市場を論じるのと同じように、欧米におけるマンガブームもこの2つの世代サイクルを考えるべきでしょう。


●これからは、日本マンガの仕組みの研究が必要

――世界的な出版産業のデジタル化を含め、創作や流通面でかなり早いスピードで変化が起きていますよね。マンガ界に関して、他国状況に比べ日本国内のマンガ学校やマンガの創作現場でのマンガ教育、伝統継承の現状の変化についてはどう思われますか?

たとえば映画の場合、映画の本場であるハリウッドの映画産業がとても理論化されていたものだったので、日本や韓国をはじめ他国の映画人でもその映画理論を学ぶことができました。果たしてそれと同じことをマンガの本場である日本のマンガでできるのかという問題があります。
日本のマンガはほとんどそのような理論化・マニュアル化がなされていません。マンガ家や編集者といったマンガを生み出す現場には、マニュアル化に抵抗感を持つ伝統的な文化があります。
現場では、理論化できないことと理論化しなくてはいけないことが混同されてきたんですね。

――マンガ賞を取るマンガや爆発的に売れるマンガ作りのマニュアルは作れないけど、マンガ理論の体系化が可能だし、必要だということですね。野球で例えると、イチローや野茂にはなれないけれど、野球の基礎や応用を学ぶための野球教則本はたくさん作れるということでしょうか。

ええ。ヒットマンガを生み出すためのマニュアルと創作についての体系的な知識、理論の伝承はまったく異なるものです。そして、体系的な理論の積み上げと伝承無しにハリウッド映画のような教育カリキュラムを組むことはできません。

――マンガの世界化を国家戦略として考えるのであれば、マンガ理論の体系化が必要だということでしょうか。

そうです。国がやるべきことはそれです。マンガの賞を設立したりすることには全く意味がありません。
まずは体系化した理論研究の前提としてきちんとしたアーカイブの充実が必要で、その整備をする研究機関が必要なんです。
日本にそうした研究者の数は少ないですが、これを理論化することは今であれば可能です。

――大手コミック誌の伝統的な編集者制度で伝承されてきたノウハウは体系化できるのでしょうか?

日本の編集者制度は世界的に見てもかなり独特です。理論的にも体系化されていません。他国のマンガ編集者やマンガ家からみると「日本ではそんな馬鹿なことをやってるの?」と思われています。他国の編集者はふつう午後5時で帰ります。5時に帰られたら日本ではマンガが出来ませんよ(笑)。
世界の編集者は日本の伝統的な編集者制度ではなく他の方法論を考えて実践するでしょう。

――日本で伝統的な編集者制度が日本のマンガ市場状況・出版社側の雇用制度の変化により存続しえなかったときにどうするかということですよね。

他国の方法論が別に存在する中で、今後、どのような方法論を選択するかということです。
おそらく、編集者はマンガ家のエージェントのような存在になっていくんじゃないかと思います。
編集者というのはもともと出版社という名の企業とマンガ家という個人の間に立っている、というよりかなりマンガ家寄りの立場に立つ奇妙な存在です。本来、これは編集者ではなく、個人事業者のエージェントの役割です。編集者が本来の会社員の仕組みにそぐわないあまりにもいろんなことを一個人としてやりすぎていたので日本ではエージェントというプロフェッショナルな職種が育たなかったのが実情だろうと考えています。

※編集部注:海外では、「出版エージェント」と呼ばれる専門職が存在する。作家は出版エージェントと契約し、出版エージェントが作家の代理人として出版社と出版化交渉を行うというのがごく一般的な流れ。
エージェントの存在により、作家は出版社や編集者に原稿を売り込む営業活動にエネルギーを費やすことなく、執筆に専念できるのがメリットがある。
ちなみに日本ではマンガ界に限らず、出版エージェントのような職種はまだ一般的でないとされている。



ですから、会社員でありながらもともとエージェントの役割に近いような仕事をしてきた編集者制度が限界に達したら、本来のプロフェッショナルな職種であるエージェントが日本でも育ってくるんじゃないでしょうか?

――『PULUTO』など浦沢直樹作品を手がけている長崎尚志プロデューサーのようなフリーの漫画家エージェントのような職種ですね。

漫画を作るということに限定すると、エージェントという職種が育てば、必ずしもハリウッドのような理論化は必要ないのかもしれません。
ただ、マンガ批評や評論の役割というのは、日本のマンガを支えてきた従来型の制度が存続し得ないとなったときに、理論の体系化など他の方法論の筋道を立ててあげることなんですよ。
幸いなことに最近、往年の名編集者たちが昔のことを語ってくれるので非常に面白いし役に立っています。
日本人というのは理論化が苦手ですし、現場で使うことも慣れていない。そういう意味ではアメリカ型ではなく、そんな伝え語りの方法でもいいんじゃないでしょうか?
そして日本の伝統と現状にみあった新しい仕組みをきちんと研究しなければなりません。

――マンガ創作の仕組みもそうですが日本特有のマンガ流通の仕組みもそうですよね。

ええ。日本のマンガ流通を支えてきたもの、ジャンプ600万部を実現してきたものは、実はトーハン・日販に代表される世界でも稀な一本化された出版流通インフラです。

※編集部注:マンガ流通は発売日に日本全国津々浦々に一斉に配本される世界一の大規模な雑誌流通の仕組みによっている。アメリカを含む他国に、日本のように国土をすべて網羅する流通の仕組みは存在しない。

マンガが他国では日本のように売れないとよく言いますが、そりゃ日本ほどの流通インフラが他国に無いんだから同じように売れるわけがない(笑)。流通の問題は非常に大きいですよ。
日本では戦時体制を引きずったまま出版流通が一極集中化した結果、マンガ流通が一本化されていますから基礎データが膨大に残っています。実は世界一研究がしやすい環境なんです。ただしその膨大な蓄積を体系化したものがほとんどない。マンガでいえば、中野晴行さんが書いたマンガ産業論しかない。
そもそもこれまではマンガというのは研究対象ではなかったんですね。
マンガの世界化ということを考えるにあたっては、これからは研究されていなかったマンガの創作から流通のもろもろをきちんと研究していくことがまずは重要だと考えています。




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